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札幌地方裁判所 昭和46年(ワ)1447号 判決

原告 株式会社山力録々商会

右代表者代表取締役 加川唯司

被告 株式会社北洋相互銀行

右代表者代表取締役 森松定男

右代理人支配人 今野喜代輝

右訴訟代理人弁護士 河谷泰昌

同 須田久節

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

(一)  被告は原告に対し金二〇〇万円およびこれに対する昭和三八年一〇月一三日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに第一項につき仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二原告の請求の原因

一  原告は鉄道、官庁、工場用品の卸販売ならびに施設工事の請負を業とし、被告とは相互銀行取引関係にあったものである。

二  原告は被告との間で次のとおり相互掛金契約を締結した。

(一)  契約の名称・証書番号

リレー式相互掛金契約・八四の九五

(二)  契約日         昭和三五年七月一二日

(三)  契約給付金額      二〇〇万円

(四)  満期          昭和三八年一〇月一二日

(五)  掛金払込日       昭和三五年七月から昭和三八年一〇月まで四〇か月間毎一二日限り支払う。

(六)  掛金額         毎月五万円、ただし最終回は一万八四〇〇円(掛金五万円から右の一万八四〇〇円を差引いた三万一六〇〇円が相互掛金の利息に相当する。)

三  原告は被告に対し昭和三五年七月から昭和三七年二月までの間二〇回に亘り前項の掛金のうち合計一〇〇万円を支払い、その後昭和三七年三月から昭和三八年一一月三〇日までの間に右掛金の残額全額を支払った。

四  よって、原告は被告に対し右相互掛金契約給付金二〇〇万円とこれに対する満期の翌日である昭和三八年一〇月一三日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二請求の原因に対する被告の答弁

請求原因一ないし三の事実は認める。

第三被告の抗弁

本件相互掛金契約給付金債権は次のとおり弁済ないし相殺により消滅した。すなわち、

一  被告は原告に対し次の貸金債権を有していた。

(一)  金額 二〇〇万円

貸付日     昭和三五年七月一二日

貸付形式    公正証書貸付

弁済期     昭和三八年一〇月三一日

利息      日歩三銭二厘

(以下これをA債権という。)

(二)  金額 五〇万円

貸付日     昭和三八年八月三〇日

貸付形式    手形貸付

弁済期     同年一一月一二日

利息      日歩三銭

(以下これをB債権という。)

(三)  金額 五〇万円

貨付日     昭和三八年八月三一日

貨付形式    手形貸付

弁済期     同年一一月二八日

利息      日歩三銭

(以下これをC債権という。)

二  一般に、相互掛金契約における給付には銀行実務上本来的な給付口掛金のほかに未給付口掛金と呼ばれるものがある。前者は、殊に給付が契約締結と同時または契約期間の中途で行われる場合にはこれに対応する掛金の払込みがなされる以前に支出されるので、信用供与の性質を帯び、契約者は給付後割増金を付加した掛金を払込む義務を負うことになるが、右給付はあくまでも相互掛金契約上の債務の履行として行われるものであって、別途に貸金の債権債務が発生するものではなく、契約者が所定の掛金と増掛金支払債務を履行することによって銀行との法律関係は一切消滅する。これに対し、後者は契約者が給付口掛金の給付を受けることなく契約期間の半分まで掛金を払込んだ場合には銀行は契約金額の半額を契約者に支払い(これを期限給付という。この給付を受けた後は契約者が給付口掛金の給付を受けられるのは半額となる。)、満期には残余の半額を支払う(これを満期給付という。)というもので、給付口掛金と異なりすでに払込まれた掛金額と同額を契約者に払戻すという意味で信用供与の性質は見られず、従って、未給付口掛金については経済的にみても貸金の実質は認められないのであって、正しく相互掛金契約の約定に従った債務の履行そのものである。

ところで、本件相互掛金契約においては、右のような給付口掛金の給付のほかに未給付口掛金の給付を行うことが併せ約定されていた。そこで、被告は原告に対し次のとおり本件相互掛金契約上の給付義務を履行した。すなわち、

(一)  被告はまず昭和三七年二月二七日原告に対し前記期限給付として契約金額の半額である一〇〇万円を支払い、右金員は原告の了承のもとに前記A債権の内入弁済として振替充当された。

(二)1  原被告は昭和三五年六月ころ手形取引契約を締結して原告が被告に対する債務の履行を怠った場合には原告の被告に対する預金、掛金その他の債権は債権債務の期限如何にかかわらず原告に通知することなく差引計算をなしうる旨約定していたところ、原告は前記BおよびC債権についていずれも期限に弁済をしなかったので、被告は右約定に基づいて昭和三八年一二月四日本件相互掛金契約上の満期給付金として残余の一〇〇万円を払い出し、これを前記BおよびC債権の弁済にそれぞれ充当した。

なお、右差引計算の約定は債務不履行を条件として原告が被告に自己の預金等の債権の払戻を行わせ、その払戻金をもって自己の債務の弁済を行わせるという一連の事務を委託する委任契約たる性質を有するもので、相殺契約とは異なるものであるから通知を要せずに差引計算の効力が生ずるものであり、被告は受任者として差引計算の内容を原告に事後報告すれば足りるものである。ちなみに、被告は原告会社の担当者である舟木福治に右の事後報告をしている。また、原告が昭和三五年七月一二日被告から手形貸付により一〇〇万円を借受けた旨の後記原告主張事実は認める。

2  また、被告は昭和四八年九月六日の本件口頭弁論期日において、前記BおよびC債権の元本合計一〇〇万円をもって原告の被告に対する本件相互掛金契約の残給付金債権(満期給付金債権)一〇〇万円とその対等額で相殺する旨の意思表示をしたので、右相殺による消滅を前記(二)1の主張と選択的に主張する。

第四抗弁に対する原告の答弁

一  抗弁の冒頭の事実は争う。

二  抗弁一の事実は認める。

三  同二の冒頭の事実は争う。

相互掛金の給付は貸付を意味するものであり、殊に中間給付金の場合には給付後に増掛金を掛金に加算して支払う旨約定されているのであるから貸付金と何ら変りがない。

四  同二の(一)のうち原告が昭和三七年二月二七日被告から一〇〇万円を受領したことおよび右金員が原告の了承のもとにA債権の内入弁済に充てられたことは認めるが、右が被告主張のような期限給付として支払われたことは否認する。

右金員は本件相互掛金契約上の給付口掛金の給付すなわち貸付金として支払われたものであって原告は右貸付金一〇〇万円をもってA債権に内入弁済したものである。

五  同二の(二)1のうち原被告間において手形取引契約を締結して原告主張の差引計算の約定がなされたことおよび原告が昭和三八年一二月四日被告から一〇〇万円を受領したことは認めるが、右手形取引契約が締結された年月日は不知、原告がBおよびC債権について各期限に弁済しなかったこと、前記一〇〇万円が被告主張のような満期給付として支払われたこと、被告がこれをBおよびC債権の弁済に充当したことおよび被告が原告会社の担当員である舟木福治に被告主張の事後報告をしたことは否認する、差引計算の約定の効力に関する被告主張は争う。

右金員は本件相互掛金契約上の給付口掛金の給付すなわち貸付金として支払われたものであり、原告は右貸付金一〇〇万円をもって原告の別途被告より昭和三五年七月一二日手形貸付により借受けた一〇〇万円の債務について弁済したものである。

第五原告の再抗弁

一  (抗弁二の(二)1について)

原告は被告から一方的に迫られた結果被告主張の差引計算条項を含む手形取引約定書に押印したものであるから、右差引計算の約定は効力を有しない。

二  (抗弁二の(二)2について)

(一)  被告の相殺の意思表示は、原告が被告主張のBおよびC債権の弁済のため被告に交付した手形の呈示および交付を伴わないものであるから無効である。

なお、被告が原告に対し昭和三八年一二月中に右手形二通を返戻した旨の後記被告主張事実は否認する。

(二)  また、右BおよびC債権は時効により消滅しているうえ、被告はこれらを木下藤吉に譲渡したのであるから、被告の相殺の意思表示は無効である。

第六再抗弁に対する被告の答弁

一  再抗弁一は争う。

二  同二(一)も争う。

裁判上の相殺には手形の呈示および公付を要しないものであり、仮に要するとしても被告は昭和三八年一二月中に原告に対し右手形二通を返戻している。

三  同二(二)も争う。

仮にBおよびC債権が時効により消滅したとしても、その消滅以前の昭和三八年一一月三〇日に右各債権と本件相互掛金契約の残給付金債権とは相殺適状にあったから相殺の意思表示は有効である。

第七証拠関係≪省略≫

理由

一  原告の請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の抗弁について判断する。

(一)  (抗弁二の(一)について)

まず、原告が昭和三七年二月二七日被告から一〇〇万円を受領したことおよび右金員が原告の了承のもとに、当時原告が被告に対して負担していたA債権(抗弁一(一)参照)上の債務の内入弁済に充てられたことは当事者間に争いがない。しかし、被告は右金員は本件相互掛金契約上のいわゆる期限給付として支払われたものである旨主張するのに対し、原告は右は右契約上のいわゆる給付口掛金の給付であって、別途貸付金たる性格を有するものである旨反駁するので、以下右金員支払の趣旨、効果について検討する。

≪証拠省略≫を総合すれば、(1)被告は昭和三五年七月一二日原告に対して公正証書により貸付けた二〇〇万円の返済財源を確保するため同日本件相互掛金契約を締結したものであること、(2)本件相互掛金契約における給付債務については、いわゆる給付口掛金として支出処理されている給付すなわち掛金の払込がなくても所定の手続を経ることによってなされ、この場合契約者は給付回次の次の回から終回まで所定の掛金のほか増掛金を支払うべきものとされる本来の給付を行なうが、これをしない場合には、いわゆる未給付口掛金として支出処理されている給付すなわち契約期間の半分まで掛金の払込がなされる場合に限ってその契約金額の半額を給付し(これを期限給付と呼ばれている。この場合爾後の給付は残余の半額となる。)、さらに契約期間の残余分の掛金が払込まれた場合に残余の半額を支給する(これを満期給付と呼ばれているもの。)もので契約者は増掛金の払込を要しないとされる給付をなすことが約定されていること、(3)原告は本件相互掛金契約上の何らの給付も受けることなく契約期間の半分である昭和四七年二月までの間に掛金一〇〇万円の払込をしたのに対し被告は同年二月二七日右契約の給付義務の履行として契約金額の半額である一〇〇万円を原告に払出したものであり、また被告は右給付の前後を通じて増掛金の支払を要しないものとして原告からこれを受けていないこと、(4)原告が右給付を受けた際被告に差入れた領収書には期限給付として領収した旨の記載がなされており、また、右給付に関する被告の内部処理として期限給付として処理されていること、(5)右給付の際原被告間において新たな貸付としての弁済期、利息等の合意は何らなされなかったこと、以上の各事実を認めることができ、右各認定事実によると、前記一〇〇万円は本件相互掛金契約上のいわゆる未給付口掛金としての期限給付として原告に払出されたものであると認定される。ところで、相互掛金とは、「一定の期間を定め、その中途または満了のときにおいて一定の金額の給付をすることを約して行う当該期間内における掛金の受入」であり(相互銀行法二条一項一号)、一般にこの相互掛金契約の法的性質については、掛金を払込む債務と金銭を給付する債務とが対価関係に立つ有償双務の無名契約であって、別途預金(消費寄託)ないし貸金(消費貸借)関係を生ずるものではないと解するのが相当である。成程、前認定の給付口掛金の場合には、未給付口掛金と異なり、掛金の払込がないのに給付される点において、経済的には授信行為としての貸付であり、給付後の掛金、増掛金はその返済金、利息であるとみうるが、法的には給付口掛金であっても未給付口掛金であっても相互掛金上の給付義務の履行自体と解すべきである。そうすると、被告は前認定の期限給付により本件相互掛金契約上の契約給付金の半額の給付義務を履行したものというべきであるが、仮に右が原告の主張するように給付口掛金として給付されたものであるとしても、右の結論には変りなく、別途貸金関係を発生させるものではない。

(二)  (抗弁二の(二)2について)

次に、被告が原告に対しBおよびC債権(抗弁一(二)(三)参照)を有していたことは当事者間に争いがなく、また、被告が昭和四八年九月六日の本件口頭弁論期日において右BおよびC債権の元本合計一〇〇万円をもって原告の本件相互掛金契約における残給付金債権(満期給付金債権)一〇〇万円とその対等額で相殺する旨の意思表示をしたことは明らかである。

そこで、この点に関する原告の再抗弁について判断する。

1  再抗弁二の(一)について

本件のように手形貸付による貸金債権を自働債権として裁判上相殺の意思表示をするには、右手形の呈示および交付を要しないと解するのが相当であるから、被告が、右手形の呈示および交付をしないことを理由として前記相殺の意思表示を無効とする再抗弁二の(一)はその主張自体失当である。

2  再抗弁二の(二)について

仮にBおよびC債権が時効により消滅したとしても、その消滅以前の昭和三八年一一月三〇日に右各債権は本件相互掛金契約の残給付金債権と相殺適状にあったことは右BおよびC債権の各弁済期と本件相互掛金の払込が完了した日とを対比して明らかであり、また被告がBおよびC債権を木下藤吉に譲渡したことを認めるに足りる証拠はないから、被告は右BおよびC債権を自働債権として相殺の意思表示をすることができるものというべきである(民法五〇条参照)。

よって、再抗弁二の(二)も理由がない。

そうすると、本件相互掛金契約の残給付金債権は前記相殺によって消滅したものというべきである。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大田黒昔生)

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